LIXILが加速するデザインとブランドの変革

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特徴的な曲線、メリハリの利いた力強いライン、鮮やかな赤のアクセント。ブランドの特長を一目で認識できるこれらの造形要素は、LIXILがグローバルに展開する水まわりブランドの一つであるAmerican Standardが、いかに変貌を遂げたのかを物語っています。American Standardは、バスルームやキッチンといった水まわり製品を提供し、北米市場を中心に150年近くにわたり業界をリードするブランドとして成長してきました。

LIXILでは、ブランドの持つ特長を明確化し、一目で認識できるような造形要素をシグネチャーエレメンツと呼び、そのブランドを定義するデザインとすることで、差異化を図っています。American Standardの個性を引き立てるシグネチャーエレメンツを製品のデザインに取り入れることで、同ブランドの製品を一目で見分けることができ、さらに統一感が生まれます。加えてこれらは、進化する生活者のニーズに対応することも目指しています。従来American Standardでは、展開する地域や商品によって異なるロゴが使用されることがありましたが、シグネチャーエレメンツを用いたAmerican Standard Reference Lineの誕生でブランドアイデンティティを統一しています。同ブランドの価値を強化していくためには、このようなデザイン戦略が不可欠でした。

LIXILでは、これまでグローバルに展開する主要ブランドの強化を継続的に進めていますが、欧州のGROHE、アジアを中心に展開するINAXに続き、改めてAmerican Standardのブランドイメージを定義することは、LIXILにとって新たな挑戦でした。各ブランドは、展開する地域の特性や文化的な背景に根差していることが重要ですが、顧客志向のデザインを戦略の中心に据えることで、事業の見直しを行っています。

「複数の製品ブランドを展開するLIXILは、さまざまな市場で最適解を提供することができます。単一の製品ブランドだけでは、グローバル全体をこのような形でカバーすることはできません」と、LIXIL Global Designおよびブランド・アイデンティティを統括するPaul Flowersは説明します。「各市場で個々のブランドが異なる役割を担う当社の戦略を推進するために、ブランドポートフォリオの見直しを行っています。American Standardブランドの再構築を行ったのは、こうした取り組みの一環です」

ブランドの構築

Flowersがブランドを象徴するシグネチャーエレメンツを導入したのは、彼が欧州をメインに展開するGROHEのデザインチームを率いている時でした。ブランドを象徴する造形を取り入れるこのアプローチは、当時から自動車や家電の分野では以前から導入されていましたが、キッチンやバスルームなどの水まわり製品のメーカーが採用することは画期的なことでした。

このアプローチが功を奏し、2005年にFlowersがGROHE参画以降、彼のデザインチームが生み出した革新的な製品は、すぐに過去最高となる年間売上高を記録しました。2011年には、非言語的なブランド・コミュニケーションに欠かせないシグネチャーエレメンツを用いて、GROHEが極めて個性的なデザイン・アイデンティティを確立したことが評価され、権威ある国際的なデザイン賞であるRed Dot Awardにおいて、「デザインチーム・オブ・ザ・イヤー」に輝きました。

2014年、GROHEはLIXIL傘下となり、Flowersはそれまでの経験を活かして、GROHE以外のブランドの再構築に着手しました。生活者が求めるものとライフスタイルに寄り添うソリューションを生み出すことに焦点を当て、商品開発を推進しています。

FlowersはAmerican Standardブランドの再構築についてこう語っています。「これまでに有効性が実証されたアプローチを通じて、ブランドを見直し、新しい魅力を世界に伝えていくのは、本当に素晴らしいものです。こうした手法を用いることで、イノベーションのリスクを低減し、生活者やビジネスにとっての価値を証明することでもあります」

デザインが主導する生活者視点での価値創造

LIXILのデザインは、生活者の動向や行動を研究し、製品が人々の生活にとって付加価値を提供できるよう、事前調査とも呼べる独自の"presearch"(以下プリサーチ)というアプローチから始まります。これは、原点回帰のプロセスとも言えます。一般的なリサーチのように第三者にさまざまな選択肢を提示して行うのではなく、まずは社内デザイナーがユーザーを観察し、潜在的なニーズを理解するものです。このプロセスから得られた、ユーザーの行動の背景にある心理や潜在意識をデザインや製品開発のあらゆる側面に反映しています。

プリサーチを実施することは、各ブランドの提供する価値を定義することにつながります。ブランドの特徴である形や色などを象徴する「オブジェクト」に置き換えられた後、それらをすべての製品に反映させるプロセスも含まれます。American Standardのブランド価値は、“inviting”(迎え入れる) “dependable”(信頼のおける) “pioneering”(先駆的)と定義され、それを形どったシグネチャーエレメンツが「ピロー」「テーパー」「フレーム」です。

「このような意味合いを持つシグネチャーエレメンツは生活者との接点になります」とFlowersは言います。「ユーザーは丸みを帯びたフォルムに親しみを覚え、底辺が広がっているテーパーは安定感を与えます。また、こういった心理に裏付けられたデザインがあることで、ユーザーは一目で私たちの製品を認識できるようになります」

シグネチャーエレメンツはブランドの外見を構成するものですが、実用性も兼ね備えています。例えば、カーブした枕(ピロー)のようなフォルムによって、清掃が容易になります。浴槽の上部と下部で幅が異なるテーパー形状を用いることで節水効果が得られます。また、ボタンに使用されている赤は、ユーザーに製品の電源が入っていることを知らせる役割を持ちます。

プリサーチが起点のLIXILデザイン

LIXILデザイナーの仕事はデザインスタジオから始まるとは限りません。まずはデザインイベントや展示会に参加し、トレンドやその先の動向さらには社会的な背景を理解するところから始まります。ユーザーのキッチンやバスルーム製品との関わり方について話し合い、その動きを観察することに多くの時間を費やします。

顧客志向の徹底を目指すLIXILにおいて、行動観察や市場インサイトを収集するプリサーチは、デザイン戦略の基盤となるものであり、水まわりブランドのAmerican Standard、GROHE、INAXで共通して用いられているアプローチです。ユーザー自らが言葉で説明できる好みや困りごとに加え、言語化されていない反応からもインサイトを引き出しながら、デザイナーは理解を深めていきます。

「行動観察調査の目的は、生活者に寄り添い、本人が自覚していないような何気ない行動を観察することで、顕在化していないニーズを把握することにあります」と、LIXIL Global Design, Americasのリーダー、Jean-JacquesL’Hénaff(ジャン・ジャック・エナフ)は言います。「私たちは、ユーザーが言葉にできなくても、求めているものを理解することができます。それが、生活者を惹きつける次世代の製品を開発するヒントとなるのです」

American Standardのデザインを手がけるL’Hénaffは、ニューヨークのデザインチームを率いていますが、新型コロナウィルス感染症の拡大によって、この重要な行動観察のプロセスを実施することが難しい状況に直面しました。そこで、キッチンの調査を行う際には、感染症対策として実際に現場に出向く代わりにカメラを設置しました。遠隔で調理の様子を観察してみると、ユーザーが自身にとって大事だと話していたことと、彼らの手の届くところにある機能や技術で解決できることに隔たりがあることがわかりました。これらの知見を、新しい水まわり製品の開発に活かしています。

デザインやテクノロジーのトレンドを先取りするのにニューヨークは理想的な場所だとL’Hénaffは言います。米国を代表するブランディングとコミュニケーションの中心地ニューヨークは、建築の面でも注目を集める都市です。LIXILのデザインチームは、この街のダイナミックなエネルギーや創造性から刺激を受け、進化しながら、ここアメリカの地で永くユーザーに愛される先進的な製品づくりに活かしています。

L’Hénaffは言います。「American Standardブランドの長い歴史をみると、顧客志向のアプローチに強みがあることがわかります。100年前にそうであったように、今日も、10年後も、常に使う人が共感できるものを提供しているのです」

ギャップを埋めるために

業界をリードする複数の水まわりブランドを世界で展開する当社では、個々のブランドがその国の文化に根ざし、地域の人びとのニーズを満たすことが重要だと考えます。プリサーチの段階で行う行動観察は、地域固有のアイデンティティ確立に役立つとともに、他のブランドとの差異化を図っています。

さらに、LIXIL全体では、それぞれの地域で展開するブランドの垣根を超えて相乗効果を生み出し、効率化を図ることが可能になります。つまり、ブランドとデザインの観点を活かした技術の共有によって、各市場に適した製品を提供することができるのです。例えば、数々の受賞歴を誇るGROHEのシャワーシステム「SmartControl」は、ヨーロッパの洗練されたデザインに日本のINAXブランドの技術を融合することで生まれた製品です。

LIXILは、ロンドン、ニューヨーク、東京、デュッセルドルフ、シンガポールなど、多様性に富んだ都市の中心に、主要なデザインスタジオ8箇所を展開しています。これらの都市は、建築の中心地でもあり、社内デザイナーは業界のトレンドを把握し、顧客とのコミュニケーションも円滑に行なうことができる立地でもあるのです。

また、社内のデザインチームは、LIXILが顧客志向を徹底する上でも重要です。約120名の社内デザイナーたちは、毎日技術者や研究者、マーケティングチーム、実際に製品を製造する工場とも連携しています。

「社内デザイナーが組織内の様々な分野のチームとつながっていることで、連携を強化し、専門的な知識を持つ数千もの従業員の力を活用できます。そういう意味で、私たちの体制は非常にユニークだと思います」とFlowersは言います。

ユーザーとの接点や関連性を強化するイノベーション

LIXILは、生活者の視点に立ち共に進化すること、さらには長きにわたって彼らとの接点や関連性を維持することで、長期的に価値を提供することを目指しています。この観点から、「客観的な指標」を示す中心にいるのがデザインチームだと、Flowersは言います。デザインとブランドを融合させ、一目で各ブランドを認識できる製品を開発し、顧客がブランドに愛着や信頼を寄せる顧客ロイヤリティを持続させることが重要です。

社内デザイナーは、アイデアを可視化し、具体化する能力を持っており、他のメンバーが理解を促す役割を持ちます。常に生活者の視点に立つことで、LIXILの革新的な製品開発を後押ししています。そのアプローチによって誕生したのがAmerican StandardのReference Lineです。

「真のイノベーションとは、ユーザーに驚きや喜びを与えることであり、私たちは彼らとの接点や関連性を強化することでイノベーションを生み出しています」とFlowersは語っています。「私たちの製品は、世界で10億人以上の人々の暮らしを支えています。多くの人びとに私たちの製品を使っていただけることに、喜びと誇りを感じていますが、同時に、それには、大きな責任も伴います。私たちのデザインの一つひとつが、世界を、そして人々の日常を、少しでも豊かで快適にできたなら、それは世界に大きな影響を与えることになるからです」

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