インドのトイレ事情 ―屋外排泄ゼロに向けて

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更新:2017年11月14日

文化として根づいた考え方は、簡単に変えられるものではありません。ヒンドゥー教の聖典「ヴィシュヌ・プラーナ」には、トイレに行きたくなったら家から矢を放ち、それが地面に落ちた場所より遠くで用を足すのが良いという記述があります。

しかしながら、13億2,000万人もの人口を抱えるインドで、この教えに従うとなると、そこから発生する影響の大きさは計り知れません。このためインド政府は、2019年10月2日までにインド国内の屋外排泄を根絶することを目指し、「スワッチ・バーラト(クリーン・インディア)」と呼ばれるキャンペーンを積極的に推進しています。

インドのマディヤ・プラデーシュ州にあるブリヤ・ケディという小さな村では、近くの草原や川岸で人目につかない場所を探し、そこで用を足すのが村人たちの習慣になっていました。夜であっても、天気が悪くても、通行人が通りかかっても、それ以外の方法はなかったのです。約70世帯が暮らすこの村の住人、マンジュバイ・パテルさんという女性は、「蚊に刺される中、外で用を足さなくてはいけないのは、嫌なものです」と語ります。

パテルさんの夫は農業を営なみ、2人の息子は学校に通っています。時には、やり繰りが大変な時もあるそうですが、彼女は畑仕事を手伝い、生活費が余ったらすべて息子たちの教育費にするという生活を送っています。

彼女にトイレ事情を聞くと、インドの農村では、人目につかない排泄場所を見つけられないことも多いと言います。「人影を見つけた時は、『どうしよう、見えてしまうからここではできない』と思い、どこか別の場所を探さなければなりません。 でも、生活していく上で仕方がないことなのです」。

このような屋外排泄は、不快で恥ずかしい思いをするだけではなく、危険も伴います。人間の排泄物は水源を汚染するため、それが病気の蔓延につながります。加えて、動物に襲われるという危険もあります。パテルさんの義弟はある晩、用を足すために外に出た際、コブラに噛まれて亡くなるという悲劇に見舞われました。さらに、排泄のために屋外へ出ることで、女性が暴行を受けるリスクも高まります。

インドの農村部をはじめ、世界中の開発途上国に散在する小規模集落は、どこもこれとよく似た状況に置かれています。このような劣悪な衛生環境に起因する病気や生産性の低下による経済損失は、年間数千億円に上ると言われています。LIXIL が2016年に、国際NGOのウォーターエイドおよび英国の研究機関であるオックスフォード・エコノミクスと共同で実施した調査によると、劣悪な衛生環境に起因するインドの経済損失は、2015年の同国の国内総生産(GDP)の約5.2%に相当しています。

世界保健機関(WHO)と国連児童基金(UNICEF)が発表した衛生施設と飲料水に関する共同監査プログラムの最新報告書によると、衛生的なトイレを利用できない人は世界で23億人に上り、そのうちおよそ9億人は屋外での排泄を余儀なくされているという現状が明らかになっています。

さらに、世界では、不衛生な水や排泄環境が引き起こす下痢性疾患によって、毎日800人もの5歳未満の乳幼児の命が奪われています。また、インドでは、不衛生な生活環境は、子どもの慢性的な発育阻害(栄養不良)の原因にもなっています。インドにおける発育阻害の子どもの数は約4,800万人強と、世界のどの国よりも多いのが実情です。

こうした状況は改善可能であり、積極的に変えていく必要があります。LIXILは、上下水道のインフラが整っていない開発途上国向けに水まわり製品を提供するSATOブランドを展開しており、安全で衛生的かつ耐久性のあるトイレを手頃な価格で提供しています。2012年に、LIXILグループの一員であるアメリカンスタンダードが、初めて簡易式トイレSATOの初代モデルを開発しました。排泄物を流すとカウンターウェイト式の弁が開閉し、密封されるため、悪臭や病原菌を媒介する虫の進入を防ぎます。SATOは現在、バングラデシュ、ハイチ、ケニア、フィリピンなど15か国以上で、計120万台以上が利用され、世界で約600万人の衛生環境の向上につながっています。このSATOの事業は、開発途上国における衛生課題の解決の一助となると期待されています。

LIXILは、2020年までに1億人の衛生環境を改善することを目標に掲げています。ブリヤ・ケディ村をはじめ、インドは、こうした取り組みを重点的に進める主要地域の一つです。

ブリヤ・ケディ村では、衛生問題をはじめとする農村地帯の貧困問題に取り組むNGO「アーガー・ハーン農村支援事業」の現場アドバイザー、ダーメンドロ・ピプロド氏が、トイレの施工を推進しています。当初は、家の近く、ましてや家の敷地内に施工するのは嫌だという声が一部からあがりましたが、他の家に施工された設備を目にすることで、そうした声もすぐに収まりました。「村中の家にトイレを施工すべきだと思いました。そこでまず自分の家に取り付けて、みんなに見てもうことにしたのです。村人を説得するのはそれほど難しくありませんでした。周りの村ではここ数年の間にトイレが導入されていて、それを見てきたからでしょう」とピプロド氏は説明します。

インドで施工されているトイレの多くは、政府が推奨している2ピットシステムです。この方式のトイレは、配水管が途中でY字型に分岐していて、2つあるピット(便槽)の一方に汚物が流れるようになっています。1つ目のピットが満杯になると、配管の分岐点(ジャンクションボックス)を開いて流れを切り替え、もう1つのピットに汚物が貯まるようにします。 2つ目のピットが満杯になる頃には1つ目のピットに溜まった汚物は乾燥し、堆肥として農地に還元できるという仕組みです。

簡易式トイレSATOの新製品「Vトラップ」モデルは、既存の2ピットシステムによるトイレを大幅に進化させたものです。一般的なPトラップと呼ばれる排水方式のトイレでは、汚物を流す度に5~6Lもの水が必要です。多くの家庭では、女性や子どもたちが水汲みを担当しており、トイレ水洗用の大量の水を確保するため、より多くの労働を強いられることになります。一方、SATOを利用すると、独自の弁のシステムによって、汚物を流すのに必要な水量は、1回あたりわずか500mlに減少します。

また、Y字型の排水管の分岐点にあるジャンクションボックスと呼ばれる二股の分岐部分は、従来、レンガとコンクリートを使用して施工者の判断で作られますが、設計面の問題により詰まりの原因になることが多くありました。また、ピットを切り替える作業にも時間がかかり、加えて非衛生的です。

SATOはプラスチック製の「Vトラップ」というV字型のジャンクションボックスを採用し、この問題を解決しました。従来型のトイレと比較して約80%も洗浄水量を削減し、さらにまっすぐなパイプをV字型につなぐことで排泄物が詰まる可能性も軽減しています。また、汚物を貯留するピットを棒1本で簡単に切り替えることができ、手が汚れることなく衛生的です。この「Vトラップ」システムは、プラスチック製あるいは陶器製のどちらの便座に取り付けることができます。

SATOの初代モデルからデザインを担当している石山大吾は、次のように語っています。「水まわり製品の設計、製造、流通、マーケティングに関する専門知識とノウハウが、SATOの製品開発に大いに役立ちました。 イノベーションには、人々の習慣を変える力があります。政府の取り組みによって、インド国内では毎日約47,000台のペースでトイレの施工が進んでいます。今や問題はトイレがないことではなく、トイレが詰まったり使えないという理由で、慣習化していた屋外排泄に後戻りしてしまうことなのです。そうした意味で、きちんと機能し、生活の改善に寄与する革新的な製品を人々に提供することが、新しいトイレの習慣をしっかりと根づかせる上で、最善の方法だと言えます」。

前述のマンジュバイ・パテルさんは新しいトイレに満足しています。 「みんなも嬉しいでしょうが、一番喜んでいるのは多分私ですね」 とパテルさんは話します。「今はみんなが一緒に暮らしていて、1つのトイレで生活をしていますが、将来的にはもっと必要になると思います。できることなら、もう一つトイレが欲しいです」。

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