デザインの力が生み出す新たな入浴文化

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新しいものを生活に取り入れると、それまでと全く違う感覚を味わうことがあります。新しい家具を置けば生活の導線やリズムが変わり、上質なドアは開閉音を聞くだけで空間に気品が漂います。私たちが感じるこうした変化には製品の機能だけでなく、デザインが持つ力も大きく影響しています。

「日本の多くの人々にとって、浴槽に浸かることは日常生活の一部であり、文化的な習慣として深く根付いています。ただ、日常的な浴槽入浴にはある程度多くのお湯が必要です。日本の貴重な文化である反面、社会課題や環境課題の観点から考えると、変化する時代の価値観に寄り添う、新しい文化の兆しが必要だと考えました」。浴室事業部でデザイングループのリーダーを務める長瀬は話します。

全く新しい入浴体験

「デザイナーにとって重要なのは、新たな発想と現在の常識との程よい距離感を探ることだと考えています。社会のトレンドや背景にある文化を理解し、再編集したり、リフレームしたりしながらアイデアを生みだし、ラフな状態からビジュアル化するという思考を繰り返してきました」と長瀬は言います。

構想したのは、伝統的で固定された浴室空間とは全く異なる「何か」でした。「忙しい平日はシャワーで済ませ、ゆっくり過ごせる日にはハンモックでくつろぐような非日常の体験で、入浴の価値を高めることはできないだろうか」「浴槽が、取り外して収納できるものであれば、浴室空間の可能性が急激に拡がるのではないだろうか」。この考え方は2025年のiFデザイン賞の受賞という形で、外部からも評価されています。

bathtopeの浴槽は、日本の着物や折り紙からインスピレーションを得ています。柔らかいポリエステルの一枚生地でできており、防水のためにポリウレタンフィルムでコーティングしています。季節や気分の変化に合わせられるよう、自然をイメージした5種類のカラーラインアップも備えています。

bathtopeの浴槽は広げて壁のフックにかけ、湯をためることで四隅のロープがピンと張り、安定した浴槽に変化します。従来の浴槽とは大きく異なる滑らかな質感の素材にこだわり「浮いているような、包み込まれているような」感覚になります。使い終わった後は排水栓のキャップを開ければ簡単に排水でき、折りたたんで収納できます。従来の浴槽と比べ、使うお湯の量は約26%削減できます。

建築家の浜田晶則は、bathtopeを実際に使用した体験を踏まえ「従来の浴室をベースにした建築計画が、この製品によって変わるかもしれません」と語ります。「水まわり製品は従来、動かせないものでした。将来的に屋外のテラスなどでも使用できる可能性を秘めたbathtopeは、ライフスタイルを一変させる力を持っています」と意義を分析します。

過去の成功体験を越える

デザイナーのアイデアを出発点に新しい製品を作るのは長瀬にとっても今回が初めての経験で、開発プロセスの設計にも熟慮が求められました。

「新規事業は最初の期待値が高すぎることも多く、成功への裏付けとなるエビデンスを取得するために多くのリサーチを繰り返し、スピードとモチベーションが落ちてしまうケースが少なからずある」。これまでの経験をもとに、bathtopeではそうしたプロセスを簡略化することを決めました。

bathtopeで試した新しい開発プロセスは、必ずしもすべての製品開発に適しているわけではないということは、長瀬も実感として持っています。確実な市場調査やフィードバックのループを繰り返すことが、製品を市場に投入するうえでは非常に重要だからです。

一方で、革新的で新しいデザインの製品の場合は、開発の初期段階をスピーディに進め、小規模でも市場に出すことが一番のリサーチになり、たとえ失敗したとしても会社に与える損失は少なくすることができます。bathtopeの開発は、こうした考え方をベースに進められました。

「イノベーションを妨げるのは過去の成功体験です」。LIXILで水まわり製品を手がけるLIXIL Water Technology Japan担当の執行役専務である大西博之は言います。「それらをリセットしなければ創造性は生まれません。これは一種の自己否定であり非常に難しいことですが、デザイン思考のアプローチは一つの解決策になり得ます」。

イノベーションを生み出す企業文化の醸成

数多くの経験を重ねた長瀬にとっても、「実験し、学ぶ」という姿勢は、革新的な製品を生みだすうえで根底にあるものです。「まだ存在しないものを作るのは常にエキサイティングです。新しいものを開発し、ユーザーから喜びの声を聞くことが大きなモチベーションです」。

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